大判例

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鹿児島地方裁判所 昭和46年(ヨ)29号 判決

申請人

中重敏行

外四名

右代理人

小堀清直

亀田徳一郎

被申請人

国分市外三町し尿処理組合

右代表者

林昌治

右代理人

松村仲之助

吉田稜威丸

主文

申請人らの本件申請を棄却する。

訴訟費用は申請人らの負担とする。

事実

第一、当事者が求めた裁判

申請人ら

「被申請人は別紙物件目録(一)記載の土地上に別紙図面(国分市外三町し尿処理施設増設工事略図)に赤斜線をもつて表示した構築物から成るし尿処理施設の増設をしてはならない。」との仮処分の裁判。

被申請人

「本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は申請人らの負担とする。」との裁判。

第二、当事者の主張

一、申請人らの申請の原因

(一)  申請人らはそれぞれ肩書住所に家族と共に居住し、申請人中重は別紙物件目録(二)記載の土地を、申請人上原は別紙物件目録(三)記載の土地を、申請人川口は別紙物件目録(四)記載の土地を、申請人新福は別紙物件目録(五)記載の土地を、申請人万福は別紙物件目録(六)記載の土地をそれぞれ所有し、農業を営んでいるほか、申請人上原は野外養蚕を、申請人川口は肉牛飼育を営んでいる。

(二)  被申請人は、昭和三八年一二月に地方自治法に基いて国分市、および隼人町によつて組織された一部事務組合である国分、隼人し尿処理組合に、昭和四五年四月、福山町、霧島町が加入して、その名称を現名称に改めたものであり、現在はその所有の別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件施設敷地」という)上に、別紙図面に表示した構築物のうち赤斜線をもつて表示した(イ)ないし(ル)の構築物を除くその余の構築物から成るし尿処理施設(以下「本件現存施設」という)を所有して、国分市、隼人町の住民約三三、五〇〇人のし尿の処理を行つているが、近く別紙図面に赤斜線をもつて表示した(イ)ないし(ル)の構築物から成るし尿処理施設(以下「本件増設施設」という)を増設し、国分市、隼人町、福山町、霧島町の住民約五〇、〇〇〇人のし尿処理を行なうことを計画している。

(三)  昭和四一年に本件現存施設が設置されてし尿処理が行われるようになつて以来、本件施設敷地の近隣地である国分市野口、松木両部落の申請人らを含む住民は次のような被害を被つてきた。

(1) し尿処理に伴つて発生する排気ガスが近隣一円に立込め、一日中強烈な悪臭に悩まされ、このため頭痛を起す者があるほどで、常にこの悪臭の中で生活するということを考えると、気も狂わんばかりである。

(2) 特に夏期野外において悪臭が著しく、農作業をすることができないため、農家の主作物である麦、甘藷の減収が続いているし、野外養蚕が不可能となつて、これを廃止する農家が続出している。また飼育肉牛も悪臭のために飼料を十分に食べないので成長不良である。

(3) 本件現存施設によるし尿処理後の放流水を本件施設敷地のすぐ西側の天降川に放流しているため、河川の水質が汚濁し、鮒、鯉、鰻等の川魚が生息できなくなつているし、また、かつては夏期の農作業後の水浴など、住民の憩の場として利用されていたけれども、現在においてはこれも不可能である。

(4) 国分市、隼人町一帯の土地は道路網の発展とともに、最近鹿児島市のベッドタウンとして注目を浴び、附近一帯の地価は高騰しており、農地でも反当り三、〇〇〇、〇〇〇円が相場であるが、野口、松木両部落の土地は、右のような悪条件のために反当り一、〇〇〇、〇〇〇円にしかならない。

(四)(1)  野口、松木両部落の住民は、被申請人に対して前記のような被害を訴え、被害の補償と本件現存施設の移転ないし防臭装置の取付けを陳情してきたが、被申請人はこれまでに何ら誠意ある態度を示したことがなかつた。

(2)  ところが、昭和四四年暮になつて、本件現存施設を約倍の規模に増設することが計画され、施設近隣の住民の要望を聴くこともなく、昭和四五年四月、前記のとおり被申請人の組織が拡大された。

(3)  本件現存施設によるし尿処理によつても、野口、松木両部落住民は前記のとおり重大な被害を被つているのに、これを約倍の規模に拡張することが、住民に対して何らの相談、説明もしないで決定されたことに対し、野口、松木部落住民は、住民総会を開き、本件現存施設は撤去することを原則とし、強く当局に要請する、民主的に事態を処理するため、当局の説明の場を設ける、万一非民主的な処置をされるときは阻止行動をとる、等の決議をし、被申請人に対し陳情を行なつたが、被申請人には住民の切実な要求に真剣に耳を傾ける態度がなかつたのみでなく、本件増設施設の増設工事(以下「本件増設工事」という)着工を強行する態度を明確化し、国庫から補助金を受ける関係で、昭和四六年二月中に本件増設工事に着行する公算の大きい状態となつた。

(五)(1)  申請人らは前記のとおり本件施設敷地の近くにそれぞれ土地を所有し、各所有地上に居住し、各所有地を使用して生活している者であり、本件増設施設が設置されてし尿処理が行われるならば、日常生活上、および各所有地の使用上重大な被害を被ることが明らかであるから、各所有地の所有権に基く妨害予防請求として、本件増設工事の差止めを求めることができるというべきである。

(2)  憲法第二五条第一項の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」、第一三条第一項の「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追及に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」との規定によつて、国民は健康で快適な生活を営むに必要なあらゆる条件を充足した良い環境を求める権利、すなわち環境権を有するものであり、環境権はその客体である環境を生活上必要とする総ての人が、その環境全体について平等に共有するものであり、その侵害に対してはこれを排除しうる権能をもつ権利である。ところで、本件増設施設が設置されてし尿処理が行われるならば、それによつて発生するガス、廃液によつて、本件施設敷地周辺の土地、河川、空気、風光等を含む環境全体について松木、野口部落民が有する環境権が侵害されることが明らかであるから、松木、野口部落の住民である申請人らは、その環境権に基づく妨害予防請求として、本件増設工事の差止めを求めることができるというべきである。

(六)  ところで、被申請人は前記のとおり本件増設工事に早急に着工しようとしているので、本案訴訟によつていたのでは、本件増設工事が行われてしまい、申請人らの土地所有権、環境権に対する前記のような侵害の予防、もしくは排除を求めることが不可能、もしくは著しく困難となることが明らかであるから、本件増設工事を禁止する仮処分を求める。

二、被申請人の答弁

(一)  申請の原因(一)の事実のうち、申請人らがそれぞれその主張の土地を所有し、その主張の場所に居住していることは認めるが、その余の事実は知らない。

(二)  申請の原因(二)の事実のうち、被申請人を組織する市、町が増加した時期が昭和四五年四月であるということを除くその余の事実は認める。

被申請人を組織する市、町が増加した時期は昭和四五年一月一日である。

(三)  申請の原因(三)の事実のうち、本件現存施設が昭和四一年に設置されたこと、本件現存施設によるし尿処理によつて或る程度の悪臭が発生していること、本件現存施設によるし尿処理後の放流水を天降川に放流していることは認めるが、その余の事実は争う。

(四)  申請の原因(四)の(1)の事実のうち、申請人ら主張のような陳情が昭和四五年五月より後に行われたことは認めるが、その余は否認する。同(四)の(2)の事実のうち、昭和四四年暮頃、本件現存施設を約倍の処理能力を有する規模に増設する計画が立てられたこと、被申請人の組織が拡大されたことは認めるが、その余は争う。同(四)の(3)の事実のうち、昭和四五年五月より後になつて、申請人ら主張のような陳情が行われたこと、被申請人が本件増設工事を行なうについては国庫から補助金の交付を受けること、被申請人が右工事を早急に行なうことを予定していることは認めるが、その余は争う。

(五)  申請の原因(五)の主張はすべて争う。

(六)  被申請人も、本件現存施設によるし尿処理によつて、或る程度の悪臭が発生していることは認めるけれども、その程度が申請人らが主張するような甚しいものでないことは、方向は異るけれども本件施設敷地から松木、野口部落とほぼ同等の距離にある隼人町の住民から被申請人に対して、悪臭等について何ら苦情の申出がなされたことがないことからも明らかである。また、本件現存施設の放流水は天降川に放流されているが、そのために天降川に川魚が生息できなくなつたとか、奇形魚が発生したということはなく、被申請人は天降川の漁業組合、および同川が鹿児島湾に注ぐ地点附近の漁民、漁業組合から、放流水による水質汚濁についての苦情の申入れを受けたこともない。

(七)  昭和四二年中に被申請人は松木部落公民館長から口頭で、(1)本件現存施設からの臭気が開拓農家まで漂い不快であり、農作業にも支障がある、(2)し尿中から取出したビニール類を本件施設敷地内で焼却することは、強い臭気を発散するので止めてもらいたい、(3)し尿収集のバキューム車が興南部落前の道路を通行するのを止めてもらいたい、との陳情を受けたので、被申請人は、右の(3)については直ちに要望どおり実行し、(2)については、本件施設敷地内の焼却場所、時間、および風向等に留意し、附近住民に迷惑をかけないような方法で焼却を行なうようにしている。また、霧島町、福山町の加入による被申請人の組織の拡大、本件増設施設の増設は、広域行政の必要と経済的要請の両面から決定されたものであるが、右の被申請人の組織の拡大のための組合規約の改正、本件増設施設の増設計画は、いずれも国分市議会に上程され、松木、野口部落出身の議員二名も出席した右議会において、全員一致で可決されているのであるから、被申請人の組織の拡大、本件増設施設の増設計画が、申請人らの主張するように、住民の意思を全く無視して行われたものである、といううことは当らない。

(八)(1)  本件現存施設によるし尿処理によつて臭気が発生しているのは次の場合、および箇所である。

(イ) バキューム車から生し尿を投入槽に投入する際の投入口。

(ロ) 投入槽からし尿中の夾雑物を除去する際の引上口、および引上げられた夾雑物自体。

(ハ) 稀釈調整槽ののぞき蓋を開いている場合(従来あけ放していることが多かつた)。

(ニ) 散布濾床の表面。

(ホ) 消化槽内のし尿から発生したガスが、ガスタンクに充満し、ガスタンクから余剰ガスが放出される場合。

右のうち特に臭気が強いのは(イ)、(ロ)、(ホ)であり、本件現存施設は右の場合、箇所について特段防臭、脱臭の設備を設けていないのである。また、本件現存施設によるし尿処理によつて悪臭が発生したことは、本件現存施設のし尿処理能力が一日についてし尿三〇キロリットルであるにかかわらず、昭和四四年夏から昭和四六年二月までの間、右処理能力を超えるし尿を投入処理した(オーバー投入した)ため、処理効率が低下したことにも基因しているのであり、投入量を右能力内に制限した後は、臭気の発生も減少した。

(2)  本件増設工事は本件増設施設を増設すると同時に、本件現存施設の改善工事を行なうものであり、これによつて右(1)のような臭気の放出を防止することに万全の策を講じることになつている。すなわち、

(イ) し尿投入室、投入槽、貯留槽、破砕機室、遠心脱水室、無稀釈曝気槽等において発生した臭気をダクトによつて吸引し、脱臭装置にかけて脱臭してから放出する。

(ロ) 貯留槽からし尿中の夾雑物を除去するには、移動式の真空タンクによつて吸引して引上げ、右タンク内で水洗したうえで取出す方法によつて行なう。

(ハ) 散布濾床方式を廃止し密閉式の無稀釈曝気方式とする。

(ニ) 消化槽内のし尿から発生するガスのうち、燃料として使用する以外のガスがガスタンクに充満した場合に、放出する余剰ガスの燃焼装置を設け、燃焼により脱臭する。

右のように本件増設工事後の施設は、その機構において本件現存施設と異つて、防臭について万全の対策を講じているのみでなく、放流水の浄化についても、前記のとおり無稀釈曝気方式の採用によつて消化能力の増進を計つているほか、沈澱池における薬品による浮遊物質の強制沈澱によつて、放流水の浄化度を高めることにしている。さらに本件現存施設からの臭気の発生については、前記のとおりオーバー投入が一因となつていたのであるが、本件増設工事後の施設のし尿処理能力は一日についてし尿六〇キロリットルとなり、処理能力に充分な余裕がありオーバー投入となるおそれはない。すなわち、被申請人はこれを組織する一市三町の五年後の特別清掃地域内人口(以下「特掃人口」という)を五〇、〇〇〇人と見込んで、処理能力を一日六〇キロリットルとする本件増設工事計画を樹てた(五年後の目安をたてることは鹿児島県当局の指導による)のであるが、実際には右の特別清掃地域内に未だし尿を自家処理する者が多く、市街地では水洗便所が普及する一方であり、加えて過去の人口動態は一市三町とも漸減の傾向にあるので、五年後においても本件増設工事後の施設は処理能力において余裕があると考えられるのである。

(九)  本件施設敷地と附近の人家との距離関係は、鹿児島県下の現存の同種施設と比較した場合、むしろ上の部類に属するということができるものであり、本件増設工事はいうまでもなくし尿処理場の新設工事ではなく、本件現存施設を利用して増設と改善工事を行なうものである。し尿処理場を新設するのであれば、立地条件その他あらゆる点を比較検討して用地を選定しなければならないであろうが、本件施設敷地が鹿児島県下の既存の他施設と比較して立地条件において特に不当なものでなく、増設後の施設が防臭、放流水の浄化度において本件現存施設より向上することが明らかである場合においては、増設工事は本件施設敷地に行うのが最も妥当であるといわなければならない。

(一〇)  以上のとおりで、本件増設工事後の施設によるし尿処理によつて、申請人らが主張するような権利侵害が生じるおそれはないから、申請人らの本件申請は理由がないものというべきである。

三、疏明関係〈略〉

理由

一、次の事実はいずれも当事者間に争いがない。

(一)  被申請人は、昭和三八年一二月に地方自治法に基いて国分市、および隼人町によつて組織された一部事務組合である国分、隼人し尿処理組合に、遅くとも昭和四五年四月以前に福山町、霧島町が加入して、その名称を現名称に改めたものである。

(二)  被申請人が別紙物件目録(一)記載の土地(本件施設敷地)を所有し、昭和四一年にその地上に別紙図面表示の構築物のうち赤斜線をもつて表示した(イ)ないし(ル)の構築物を除くその余の構築物から成るし尿処理施設(本件現存施設)を設置し、現在国分市、隼人町の住民約三三、五〇〇人のし尿処理を行なつている。

(三)  被申請人が本件現存施設によつてし尿処理を行なつていることに因つて、悪臭が発生し(その程度の点を除く)ており、し尿処理後の放流水は本件施設敷地のすぐ西側を流れている天降川に放流されている。

(四)  昭和四四年暮頃、被申請人において本件現存施設を約倍の規模に増設する計画が建てられ、現在被申請人は本件施設敷地上に別紙図面に赤斜線によつて表示した構築物から成る施設の増設工事(本件増設工事)を、国庫から補助金の交付を受けて早急に実施し、増設後の施設によつて被申請人を組織する一市三町の住民約五〇、〇〇〇人のし尿処理を行うことを計画している。

(五)  申請人らはそれぞれ肩書住所に居住しており、申請人中重は別紙物件目録(二)記載の土地を、申請人上原は同目録(三)記載の土地を、申請人川口は同目録(四)記載の土地を、申請人新福は同目録(五)記載の土地を、申請人万福は同目録(六)記載の土地をそれぞれ所有している。

二、右一の(一)、(四)の当事者間に争いのない事実、および原本が存在しかつその原本が真正に作成されたことに争いのない甲第二号証によると、被申請人は国分市外三町がその処理すべき公共事務に属するし尿処理に関する事務を共同で処理するために、地方自治法に基づいて組織した特別地方公共団体であり、本件増設工事は被申請人がその行政目的を達成するために「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(昭和四五年法律第一三七号、右法律による改正前は「清掃法」昭和二九年法律第七二号)に基いて行なう事実行為であるということができるが、し尿処理ということの性質からみて、地方公共団体としての公権力の行使という性質を有するものではなく、また個人の権利の制限、義務の受忍を当然に予想するものでもないから、行政事件訴訟法第四四条にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には該当しないものであり、したがつて本件増設工事の差止請求の可否は、民事訴訟法上の仮処分の対象となるものというべきである。

三、本件現存施設によるし尿処理に因る申請人らの被害について

(一)  前記一の(二)の当事者間に争いのない事実と記載の形式、内容から真正に作成されたと認められる〈証拠〉を合わせて考えると次の事実が一応認められる。

本件現存施設は一日の処理し尿量を三〇キロリットルとして設計された概略投入室、投入槽、破砕機、貯留槽、第一、第二消化槽、稀釈調整槽、散布濾床、最終沈澱槽、塩素減菌槽、およびボイラー、ガスタンク、遠心分離機等から成る、いわゆる嫌気性消化法による施設であり、次のような行程でし尿の処理が行われる。

(1)  バキューム車によつて収集されたし尿は投入室において、バキューム車から投入槽に投入され、同槽でし尿中に混入している夾雑物である土砂類を沈澱させ、大きい木片、ビニール製品等の固形物をスクリーンで除去する。

(2)  夾雑物を除去したし尿は破砕機によつて破砕されたうえ貯留槽を経ていずれも密閉式の第一消化槽、次いで第二消化槽へ送入される。投入し尿量が本件現存施設の設計処理量である一日について三〇キロリットル以内であれば、し尿は第一、第二消化槽にそれぞれ一五日間滞留し、その間に嫌気性菌による消化(生物化学的反応による有機物の分解)が行われる。この消化作用を助長するために第一消化槽においては、温水を循環させて行なう加温、およびし尿の攪袢が行なわれる。

(3)  第二消化槽での滞留、消化を終つたし尿は汚泥分の沈澱によつて消化脱離液と消化汚泥に分離され、脱離液は稀釈調整槽に送られ、消化汚泥は遠心分離機によつて脱水したうえ外部へ取出される。

(4)  稀釈調整槽へ送られた脱離液はその概ね一九倍の稀釈水を添加して約二〇倍に稀釈して散布濾床へ送られ、散水機によつて石材を積重ねた濾床に散布され、濾床内を流下する間に好気性菌による消化が行われる。

(5)  散水濾床を通過した稀釈脱離液は最終沈澱槽に送られ、浮遊物を沈澱分離させて塩素減菌槽に送られ、液化塩素を注入して減菌し、放流水として放流される。

(6)  前記(1)のようにして投入槽内で投入し尿から除去された夾雑物は、適宜投入槽から熊手等を使用して投入室に取出され、同所で水洗したうえ、土砂等の不燃物は本件施設敷地内に埋没され、木片、ビニール製品等の可燃物は本件施設敷地内で焼却されている。

(7)  前記(2)の第一、第二消化槽における消化中に発生するメタンを主成分とし、アンモニヤ、硫化水素、炭酸ガス等を含む大量のガス(投入されたし尿の体積の約六ないし一〇倍位の体積ガスのガスが発生する)は、ガスタンクに送られ、その一部は第一消化槽内のし尿の加温用水の加熱用の補助燃料として使用されるが、余剰ガスがガスタンクの容量を超えた場合には、そのまま放出されている。

(8)  前記(8)の第二消化槽から取出し脱水された汚泥は、肥料となるものであるが、化学肥料の普及によつて引取手が少いため、本件施設敷地内に投棄されている。

右のように認められる。

(二)  前記一の(三)の当事者間に争いのない事実、および被申請人が自認している昭和四二年中に松木部落公民館長から被申請人に対して、本件現存施設からの臭気が開拓農家まで漂い不快であり、農作業にも支障がある。し尿中から取出したビニール類を本件施設敷地内で焼却することは、強い臭気を発散するので止めてもらいたい等の陳情を受けたということ、および〈証拠〉を合わせて考えると、風向、風力のほか天候、気温等の気象条件、なかんずく風向の影響を受けるので、申請人らの主張するように常時というのではないが、申請人らを含む松木、野口部落の住民が、本件現存施設によるし尿処理によつて発生する悪臭に悩まされることが多く、特に本件施設敷地の丁度風下に当つた場合には、頭痛、吐気を起す者もある程度の強い悪臭を感じ、耕作等野外における作業に長時間従事していることが困難となる場合もあるため、畑作、野外養蚕、肉牛飼育等の生業の成果にも或る程度の影響を受けている者があることが一応認められる。

右のように本件現存施設によるし尿処理に伴つて発生する悪臭によつて、申請人らが被つている精神的苦痛、経済上の不利益が、さらに本件増設工事が行われた場合にできる施設によるし尿処理に伴つて発生する悪臭によつて、単なる不快感の限度を超えて健康にも影響を及ぼす程度のものとなり、所有地利用の正常な生活活動を困難とする程度に達し、し尿処理事業の公益性を考慮してもなお申請人らが受忍すべき限度を超えるものとなるであろうといえるならば、右のような被害は金銭的補償によつて回復し難いものであるから、申請人らは右の被害の発生を予防するために本件増設工事の差止めを求めることができるものというべきである(申請人らがそれぞれその主張のとおりの土地を所有し、かつ肩書住所に居住していることに争いのない本件においては、右のような差止め請求権の法的性質を土地所有権に基づく妨害予防請求権、人格権に基づく妨害予防請求権、あるいは不法行為の予防請求権のいずれと考えるべきかはさして重要なことではなく、強いて論ずる必要のないことであると考える)。

(三)  前記一の(三)の当事者間に争いのない事実、および〈証拠〉を合わせて考えると、本件現存施設から天降川に放流される放流水の有機性汚染度は、処理し尿量が本件現存施設の設計処理能力である一日について三〇キロリットル以内で、消化槽、散布濾床における各消化作用、および各種の処理作業が設計どおり行なわれた場合において、B・O・D(生物化学的酸素要求量、すなわち含有されている腐敗性有機物が安定化するまでに吸収する酸素量)三〇ppm程度で、褐色を呈しており、一日の放流量は約六二四キロリットル位となること、オーバー投入によつてし尿の消化槽滞留期間が短縮され、あるいは各種の処理作業が適切に行われなかつた場合には、し尿の消化が十分に行われず、放流水のB・O・Dが増大することが一応認められ、右の事実によると、天降川の少くとも本件現存施設の放流水放流地点よりも下流の水流が、本件現存施設からの放流水によつて汚濁されているということはできる。

申請人らは、本件現存施設の放流水によつて天降川の水質が汚濁し、川魚類が生息できなくなり、また水浴もできなくなつたと主張し、証人上原正基の証言のうちには、昭和二〇年頃には本件施設敷地附近の天降川においても水浴ができたにかかわらず、現在では汚濁されていていて到底できず、また天降川で獲れた魚の内に奇型魚があつた旨の証言がある。しかしながら右証人の証言、および弁論の全趣旨によると、現在天降川の水流は本件現存施設の放流水放流地点より上流においても、すでに水浴に適しない程度に汚濁されていることがうかがわれること、および奇型魚が獲れた場所がどこであるかをうかがうに足りる疏明資料がないことなどに照らして考えると、前記の証言のみで、申請人ら主張のような天降川水流の汚濁の結果が、本件現存施設の放流水によるものであるとはいえないのみでなく、前記認定のとおりの汚染度、量の本件現存施設の放流水が、申請人らに対して具体的どのような被害を及ぼしているかをうかがうに足りる疏明資料はない。

(四)  申請人らは、本件施設敷地附近の地価は、農地でも反当り三、〇〇〇、〇〇〇円位となつているのに、本件現存施設から発生する悪臭の被害を受ける野口、松木部落の土地は反当り一、〇〇〇、〇〇〇円位にしからならないと主張し、証人上原正基の証言のうちには、右主張にそう趣旨の証言があるが、右証言のみでは申請人らの右主張事実をうかがうに足りず、他に申請人らの右主張事実をうかがうに足りる疏明資料はない。もつとも、し尿処理ということの性質上、実際の被害の有無にかかわらず、し尿処理施設が近隣にあるということが一般的には好まれないことであることは容易に推測できるから、本件施設敷地の近隣の土地の価額が、本件施設敷地から或る程度離れた同種同等の土地の価額に比して低額となるであろうということも容易に推測できることであり、右のような土地の交換価値の低下ということが土地所有権に対する侵害であるといえる場合もあるであろう。しかしながら、土地の交換価値の低下という被害自体は、その金銭的填補請求権を発生させる場合があり得るに過ぎず、侵害行為の差止請求権まで発生させるものではないというべきである。

四、本件増設工事後の施設によるし尿処理に因つて、申請人らが被る被害について

(一)  〈証拠〉を合わせて考えると、本件現存施設によるし尿処理によつて、前記二の(二)認定のような被害を申請人らに及ぼしている悪臭の発生原因は次のとおりであることが一応認められる。

(1)  前記三の(一)の(1)の、バキューム車からし尿が投入槽へ投入される際、投入口の周囲から水を噴出し、その水膜によつて投入槽内のし尿から発生する臭気が投入槽外に放出されるのを防止する構造となつているが、水膜による臭気の放出防止が十分でないため、投入槽内のし尿から発生する臭気が投入口から投入槽外に放出される。

(2)  前記三の(一)の(4)の、第二消化槽から稀釈調整槽ヘポンプによつて送られる脱離液の流量を見易くするために、稀釈調整槽のマンホールの蓋を開放して置くことが多かつたので、稀釈前の脱離液から発生する臭気(この臭気はいわゆる下水臭であつて、し尿臭とは幾分異つた臭気である)がマンホールから槽外に放出され、さらに、散布濾床は全く露天式となつているので、散水機から濾床に散布される稀釈された脱離液から臭気が発散する。

(3)  前記三の(一)の(6)の、投入槽から夾雑物を取出す際に投入槽内のし尿から発生する臭気が槽外に放出され、取出された夾雑物に附着しているし尿から臭気が発散し、さらに夾雑物のうちのビニール製品等を焼却する際に臭気が発散する。

(4)  前記三の(一)の(7)の、第一、第二消化槽内で発生したメタンを主成分とする消化ガスのうち、補助燃料として使用された残余がなおガスタンクの容量を超えるため、超過分がそのままタンクから放出される。この放出は、第一消化槽内の加温のためにボイラーが運転され、消化ガスが補助燃料として使用される昼間よりも、右ボイラーの運転が休止される夜間の方が多量になる。

(5)  昭和四三年末頃から本件現存施設の処理能力である一日について三〇キリットルを超えるし尿を処理するようになり、昭和四四年夏頃から昭和四六年二月下旬頃までは一日平均三六ないし三七キロリットルのし尿の処理を行つた(オーバー投入した)ことによつて、右(1)ないし(4)の臭気の発生量が処理能力内の処理を行なう場合よりも増加したのみでなく、し尿の第一、第二消化槽滞留期間の短縮による消化不良に因つて、脱離液のB・O・Dが増大し、これから発散される臭気が、処理能力内の処理を行なう場合よりも強いものとなつた。

(二)  前記一の(四)の当事者間に争いのない事実、〈証拠〉を合わせて考えると、本件増設工事の内容、および本件増設工事後の施設(以下「本件増設施設」という)によるし尿処理の行程の概要は次のとおりのものとなることが一応認められる。

(1)  本件増設工事は本件現存施設のし尿処理能力が一日当り三〇キロリットルであるのを、一日当り六〇キロリットルに増加するとともに、右(一)の(1)ないし(4)に認定したようなし尿処理に因る悪臭の発生の防止、およびし尿処理効果の改善を目的とするもので、工事内容の主要な項目は、投入室設備の改増、消化処理装置の増設、曝気槽の新設、汚泥分離槽の新設、稀釈槽の新設、沈澱池の新設、塩素滅菌槽の増設、脱硫装置の新設、加温装置、ガスタンク、汚泥脱水装置の各増設である。

(2)  投入室設備の改増 投入槽、破砕機、貯留槽等を処理能力の増大に見合うよう改増するほかに、現存の投入室(バキューム車からし尿を投入槽へ投入する作業が行われる場所)が開放式となつているのを、ドアーによる閉鎖式とする。投入室、投入槽、破砕機室、貯留槽等に排気用ダクトを設置し、排気ブロワーによつて、し尿から右各室、槽内に発散された臭気を吸引し、これを水洗脱臭装置、および苛性ソーダ脱臭装置によつて脱臭したうえ放出する。投入槽内に沈澱した土砂、その他の夾雑物の取出し用に、移動式の小型真空タンクを設備し、夾雑物を右タンク内に吸引取出し、タンク内で夾雑物に附着しているし尿を洗い落したうえで、夾雑物を処理できるようにする。

(3)  消化処理装置の増設 本件増設施設の処理能力を一日当り六〇キロリットルとするため、容量九九〇キロリットルの第一消化槽を新設し、本件現存施設の第一、第二消化槽を本件増設施設の第二、第三消化槽として使用する。第三消化槽から引出した脱離液の爾後の処理装置に対する負荷を平均化するため、密閉式(鉄製蓋取付)の容量六〇キロリットルの脱離液調整槽を新設する。

(4)  曝気槽の新設 本件現存施設における脱離液の好気性菌による消化処理が、脱離液を稀釈したうえ散布濾床方式によつて行われているのに代えて、無稀釈の脱離液に活性汚泥を加えたものに空気を吹込んで行なう無稀釈曝気方式を採用し、このため密閉式(鉄製蓋取付)の容量一八〇キロリットルの曝気槽を新設する。右曝気槽において脱離液を曝気した空気、脱離液から発生する臭気は水洗脱臭装置によつて脱臭したうえ放出する。

(5)  汚泥分離槽の新設 曝気処理後の脱離液中の活性汚泥等の浮遊物を沈澱分離させるため、密閉式の容量一五キロリットルの汚泥分離槽を新設する。

(6)  稀釈槽の新設 汚泥分離後の脱離液を一〇倍に稀釈する(脱離液の九倍量の稀釈水を添加する)ため、容量二一キロリットルの稀釈槽を新設する。

(7)  沈澱池の新設 稀釈した脱離液中の浮遊物を沈澱分離させるため、開放式の容量87.3キロリットルの沈澱池を新設し、硫酸バンド熔液を添加して、稀釈脱離液中の浮遊物を凝集沈澱させて分離する。

(8)  塩素滅菌槽の増設 最終沈澱池における処理を終つた流出水に更に同量(したがつて汚泥分離後の脱離液の一〇倍量)の稀釈水を加え、結局二〇倍稀釈し、これに五ないし一〇ppmの塩素を注入して滅菌放流するため、し尿処理量の増加に見合う塩素滅菌槽を増設した。

(9)  脱硫装置の新設、加温装置、ガスタンク、汚泥脱水装置の各増設 し尿処理量の倍加によつて第一消化槽内に滞留するし尿量も倍加するので、その消化促進のための加温用装置を増設する。第一ないし第三消化槽における発生ガス量も増加するので、その貯蔵用ガスタンクを増設し、かつ、右発生ガス中に含まれる硫化水素分を除去するため、湿式脱硫装置を新設する。右発生ガスは加温装置の燃料として使用し、余剰分は本件現存施設におけるようにそのまま放出せず、これを燃焼させるため、自働燃焼装置を新設する。また、消化槽内に生じる消化汚泥の増加に見合う汚泥脱水装置を増設する。

右のように一応認められる。前掲記の乙第三号証(被申請人と本件増設工事の請負契約を結んだ栗田工業株式会社が作成した、本件増設工事の計画仕様書)には、右(2)認定の、投入槽からの夾雑物の取出し用の移動式小型真空タンクを設備するということは記載されておらず、また証人安田弘の証言によると、国分市議会で行われた本件増設工事についての説明においても、右の設備をするということは述べられなかつたことが認められるが、右の各事実は、証人安田弘の証言、および弁論の全趣旨によると、栗田工業株式会社が設置工事を請負つた鹿児島県北薩衛生処理組合のし尿処理場(出水郡高尾野町所在)に、右の設備があることが認められること、右証人の前認定にそう趣旨の証言に照らすと、前記認定を覆すに足りず、他に前記各認定を覆すに足りる疏明資料はない。

(三)(1)  右(二)認定事実によると本件増設施設においては、バキューム車から投入槽へのし尿の投入から曝気処理後の汚泥分離までの処理は、すべて閉鎖あるいは密閉式の施設、装置内で行われることになるので、前記四の(一)の(1)ないし(4)認定の本件現存施設におけるし尿処理によつて臭気が放出される箇所のうち、(1)、(2)、および(3)のうちの投入槽からの夾雑物の取出しの場合における臭気の施設外への放出は防止できる構造となるということができる。

(2)  〈証拠〉を合わせて考えると、本件増設施設においては、投入室、投入槽、破砕機室、貯留槽、脱水機室、汚泥置場から排気ブロワーで吸引された臭気(右の各箇所のうち臭気が主として発生するのは投入槽、貯留槽内である)は、水洗脱臭装置(水をシャワー状に流下させている鉄筒内を臭気を通すことによつて、主としてアンモニヤ、硫化水素等を水に溶解させることにより脱臭する)、苛性ソーダ脱臭装置(二ないし三パーセントの苛性ソーダ水溶液をシャワー状に循環流下させている鉄筒内を臭気を通すことによつて、主として硫化水素を苛性ソーダと化学反応させることによつて脱臭する)によつて脱臭処置を行つたうえで放出し、消化槽内で発生する消化ガス(体積比で投入し尿量の六ないし一〇倍位発生し、メタン、炭酸ガス等を主とするほか硫化水素、インドール、スカトール等を含む)は右苛性ソーダ脱臭装置と同様の装置で脱硫(硫化水素を除去する)してタンクに貯蔵し、その約八〇パーセント位は消化槽内のし尿の加温のための燃料として使用し、余剰分は燃焼させることによつて脱臭処置を行つて放出し、脱離液の活性汚泥による消化に因つて発生する臭気は、曝気槽に吹込まれた空気(曝気槽容量一立方メートルについて一時間に二立方メートルの割合、一日について合計約八六四〇立方メートル)とともに排気ブロワーで吸引し、前記同様の水洗脱臭装置によつて脱臭処置をして放出することになること、右の各脱臭、脱硫装置において使用されたアンモニヤ等を溶解した水はその都度、硫化水素等と化学反応した苛性ソーダ溶液は概ね一箇月に一回程度、放流されることになることが一応認められる。〈証拠〉のうちには、右認定のとおりの脱臭、脱硫装置、および余剰消化ガスの燃焼によつて、臭気はほぼ完全に除去される旨の記載、証言があるけれども、右の記載、証言自体その理論的根拠が必ずしも明確であるとはいえないのみでなく原本が存在し、かつ〈証拠〉に照らして考えると、右の乙号各証の記載、証言のみによつて、本件増設施設においては臭気の除去がほぼ完全に行われるということの疏明ありというには足りない。しかしながら、〈証拠〉によると、本件増設施設とほぼ同様の処理方法、防臭構造、脱臭装置によつて現にし尿処理を行なつている処理能力一日について二二〇キロリットルの鹿児島市脇田処理場、処理能力一日について六〇キロリットルの北薩衛生処理組合衛生処理場(但し、両処理場ともに、脱離液の活性汚泥による曝気処理は、脱離液を稀釈したうえで行つている反面、曝気槽は密閉式ではなく開放式となつている点、および脇田処理場においては投入室、貯留槽等から吸引した臭気の脱臭についてオゾン脱臭装置を、消化ガスの脱硫について乾式脱硫装置を使用している点、北薩衛生組合処理場においては、投入槽、貯留槽等から吸引した臭気の脱臭についてオゾン脱臭装置を使用している点において本件増設施設と異る)においては、その処理能力の限度内の処理を行つている限りにおいては、処理場の近隣の住民に対して悪臭に因る日常生活の支障、あるいは精神的苦痛を与えるほどの臭気は放出していないことが一応認められることを合わせて考えると、本件増設施設においてその設計処理能力の限度内のし尿処理を行ない、かつ前記のとおりの防臭、脱臭装置が正常に運転された場合においても、申請人らを含む松木、野口部落住民に対して受忍限度を超えるような日常生活上の支障、あるいは精神的苦痛を与える悪臭を発生させる蓋然性があるものと推認することはできず、むしろ、右のような蓋然性は少ないものと推認するのが相当であると考えられる。

(3)  投入槽から取出した夾雑物中のビニール製品等の可燃物が本件施設敷地内で焼却処理されており、これが本件現存施設における悪臭発生の一因となつていること、消化槽から取出され脱水された汚泥は大部分が本件施設敷地内に放置されていることは前記のとおりであり、〈証拠〉を合わせて考えると、平均して重量比で投入し尿の約0.5パーセントないし1.5パーセント位の夾雑物が含まれていること(この内にビニール製品等焼却した場合に悪臭、有毒ガスを発生する物がどの程度含まれているかをうかがうに足りる疏明資料はない)、一日について六〇キロリットルのし尿を処理した場合、遠心分離機による脱水によつて水分七〇ないし七五パーセント程度となつた消化汚泥が、一日について約1.5トンないし2トン程度生じること、右の夾雑物、消化汚泥の処分方法、設備についての計画は本件増設工事計画のうちには何も含まれていないこと、消化汚泥を焼却処分したときは悪臭有毒ガスを発生するおそれがあることが一応認められる。したがつて、本件増設施設におけるし尿処理によつて生じる夾雑物、消化汚泥を本件施設敷地内で焼却する等、その処分方法が適切でない場合には、これによつて悪臭、有毒ガスによる被害を発生させるおそれがあるということができる。しかしながら、右認定のような夾雑物、消化汚泥の発生予想量からすれば、これを本件施設敷地外の他に被害を及ぼすおそれのない場所に搬出して処分すること自体は容易なことであると考えられるし、前掲記の乙第三号証によると本件増設工事は着工から完成までに一年余を要することが一応認められるから、その間に本件増設施設において発生する夾雑物、消化汚泥の適切な処分場所、方法を準備するということは十分可能であると考えられる。したがつて本件増設工事計画中に夾雑物、消化汚泥の最終的な処分方法、設備についての計画が何ら含まれていないということから、本件増設施設によるし尿処理によつて、申請人ら近隣の住民に受忍限度を超える被害を及ぼすおそれがあり、かつ本件増設工事を禁止するのでなければ、右被害の発生を防止できないものとはいえない。

(4)  〈証拠〉を合わせて考えると、本件増設施設において、その処理能力の限度内のし尿が各装置の正常な運転によつて処理された場合には、処理後の放流水のB・O・Dは、清掃法施行規則第一〇条第一項第一二号で定められている放流水のB・O・Dの基準である三〇ppm以下となるものと一応認められる。右掲記の甲第二一号証中には、本件増設工事の設計、請負人である栗田工業株式会社が設計した広島県高田郡吉田町柳原地区に建設が予定された、本件増設施設と同一の処理方式による一日のし尿処理能力三〇キロリットルのし尿処理施設の放流水について、設計どおりに処理されたとしても放流水のB・O・Dが四三ppm以上になるはずである旨の記載(最終の稀釈が行われる直前で86.1ppm)であるが、右の記載は、〈証拠〉に照らして考えると、〈証拠〉の作成者である西田耕之助の右処理施設における処理行程についての誤解に基くものと認められるから、右甲号証の記載は前記認定を覆すに足りない。もつとも、〈証拠〉によると、本件増設施設におけるし尿処理方式は、前記のとおりし尿中に存在している嫌気性菌、汚泥中に存在している好気性菌による生物化学的消化方法であるため、放流水のB・O・Dは純理論的に算出規制できるものではなく、多数の実際のし尿処理例について行われた測定の結果から算出、期待される平均的数値であることが認められるから、実際のし尿処理において、施設装置が正常に運転されても、投入されるし尿の成分、状態の変動によつて、放流水のB・O・Dにある程度の変動が生じることは止むを得ないものというべきである。しかし前記認定のとおり本件増設施設においては、し尿の消化行程、および最終沈澱池における浮遊物の沈澱を終り、塩素滅菌消毒を行う直前の段階で稀釈水を添加して二〇倍稀釈を行なうことになつているのであるから、理論上は、し尿の消化作用に影響を及ぼすおそれのない段階において、添加する稀釈水の水量を操作することによつて、放流水のB・O・Dが三〇ppm以下となるようにすることができるものということができる。さらに、〈証拠〉中には、前記の本件増設施設と同一の方式による一日のし尿処理量三〇キロリットルのし尿処理施設において、一〇パーセントの苛性ソーダ溶液によつて脱臭、脱硫を行つた場合において理論上必要とする苛性ソーダは一日について三八七キログラム、その一〇パーセント溶液の一箇月(三〇日)分の量は一一六一立方メートルとなる旨の記載があるが、〈証拠〉、および化学上の経験則に照らしてみると、右甲号証の記載は、明らかに誤りであり、仮に右の記載が計算の前提とした発生ガスの中の硫化水素の平均濃度二〇〇ppm、発生ガスの総量一日について五〇、〇〇〇立方メートルをそのまま採用しても、その脱臭、脱硫に必要な苛性ソーダの量は、一日について35.7キログラム、その一〇パーセント溶液の一箇月分(三〇日)の量は9.66立方メートルであり、右甲号証の記載の量の約一〇〇分の一以下であることが明らかであり(本件増設施設は一日のし尿処理量が六〇キロリットルで、右計算の前提となつている処理量の二倍であるから、同一の硫化水素濃度、発生ガス量を前提とすれば、必要苛性ソーダ量、その溶解液量は概ね右の数量の二倍となることになる)、かつ前掲記の乙第二一号証の一、二に照らして考えると、右甲号証中の、発生ガス中の硫化水素の平均濃度二〇〇ppm、発生ガスの総量一日について五〇、〇〇〇立方メートルという数値は、その根拠が明らかでなく、また曝気槽に吹込まれる空気量の計算には曝気処理行程についての誤解に基く誤りがあると考えられる。したがつて、〈証拠〉によつては、本件増設施設においてその正常な運転によつてその処理能力の限度内の量のし尿を処理した場合においても、なお放流水のB・O・D、苛性ソーダ含有量の過大に因つて被害が発生するおそれがあるものというに足りず、他に右のようなおそれがあることをうかがうに足りる疏明資料はない。

(5)  〈証拠〉中には、し尿処理施設の放流水が河川に放流された場合、直ちに河川の水流中に均等に拡散、稀釈されるのではなく、放流口のある河岸に沿つて数百メートルに亘つて放流水が細い帯状をなして流下する間に逐次拡散、稀釈されるものであるため、放流水が絶えず流下する部分の汚濁は著しいものとなり、この部分に生息する魚類等に悪影響を及ぼすおそれがないとはいえない旨の記載があり、前記認定事実によると、本件増設施設から天降川に一日について約一、二〇〇キロリットルの処理水(し尿が消化処理された脱離液の二〇倍稀釈液)、水洗脱臭に使用されたアンモニヤ等を溶解した廃水が常時、脱臭、脱硫に使用された二ないし三パーセントの苛性ソーダ水溶液がおおむね一箇月に一回程度放流されることが一応認められ、〈証拠〉によると、本件増設工事においては、本件施設敷地附近の天降川河岸において右放流水を河川敷内に放流するための排水溝を設置するほかには、放流のための特別の設備を設置することは計画されていないことが一応認められる。ところで、天降川の流水量、本件施設敷地より下流における天降川水流の利用状態、前記のような本件増設施設からの放流水が及ぼす影響の具体的内容等をうかがうに足りる疏明資料は何もないが、放流水が放流後直ちに河川の水流中に均等に拡散、稀釈されるものではなく、拡散、稀釈されるまでに或る程度の流下距離、時間を要するであろうことは容易に推測されることであり、また拡散、稀釈が成る可く短距離、短時間のうちに行われることが望ましいことも容易に考えられることである。ところで〈証拠〉によると、前記北薩衛生処理組合衛生処理場においては、放流水を処理場附近で直ちに放流せず、海底において撒布して放流する設備を設置して放流していることが一応認められること、前記のとおり本件増設工事は着工から完成までに一年余を要するものであり、その間に本件増設施設からの放流水を天降川河岸で単純に一括放流するのでなく、或る可く短距離の流下、短時間のうちに天降川水流中に拡散、稀釈されるような放流設備を設計、設置することもさして困難なことではないと考えられることからすれば、本件増設工事計画中に放流水の放流設備について特段の計画が含まれていないということをもつて、本件増設工事を禁止しなければ、申請人ら近隣の住民に対して受忍限度を超える被害を及ぼすおそれがあるものとはいえない。

右(1)ないし(5)のとおりであるから、本件増設施設において、その設計処理能力である一日について六〇キロリットルの限度内のし尿の処理が行われた場合においても、その放出する悪臭、放流水によつて申請人ら施設近隣の住民に対して、受忍限度を超える被害を及ぼすおそれがあるという疏明はないものといわなければならない。

(四)  〈証拠〉によると、被申請人が本件増設施設のし尿処理能力を一日について六〇キロリットルと計画したのは、昭和四四年一二月現在の被申請人を組織する一市三町の特掃人口(昭和二九年法律第七二号清掃法第四条、同年政令第一八三号清掃法施行令第一条に基いて特別清掃地域(以下「特掃地域」という)とされている地域内の、市、町がし尿を収集、処理しなければならない人口)が国分市一六、〇〇〇人、隼人町一五、〇〇〇人、福山町一、五〇〇人、霧島町一、〇三〇人合計三三、五三〇人であり、特掃地域の拡張、人口の増加状態、浄化槽設備の普及状態等を考慮した概ね五年後における特掃人口が、国分市二二、〇〇〇人、隼人町二〇、〇〇〇人、福山町四、〇〇〇人、霧島町四、〇〇〇人合計五〇、〇〇〇人を超えないものと予測し、し尿の発生量を現在一般的に平均発生量とされている一人一日について1.2リットルとしたことに因るものであること、昭和四五年一〇月一日現在の被申請人を組織する一市三町の総人口が国分市二九、七二九人、隼人町二四、一五五人、福山町八、七八三人、霧島町六、六八七人合計六九、三五四人であつたこと(右総人口に対する前記予測特掃人口の比率は約七二パーセントとなる)、被申請人以外の鹿児島県下のし尿処理施設を有する市町村またはその一部事務組合合計一五の区域の、昭和四六年八月ないし九月当時における総人口に対する特掃人口の比率は、鹿児島市が約九二パーセント、鹿屋市が約八八パーセント、指宿市、山川町衛生処理組合が約七三パーセント、伊集院町が約七六パーセントであるのを除いては、約三〇パーセントから約六三パーセントの範囲内であること、右の一五の施設のうち一日についてのし尿処理能力が六〇キロリットル以上の施設は鹿児島市(三七〇キロリットル、総人口四一七、〇〇〇人、特掃人口三八五、〇〇〇人)、鹿屋市(七〇キロリットル、総人口六七、五〇〇人、特掃人口六〇、〇〇〇人)、北薩衛生処理組合(出水市、阿久根市、高尾野町、野田村によつて組織)(六〇キロリットル、総人口九四、三一六人、特掃人口五〇、六四五人)であることが一応認められ、右認定を妨げるに足りる疏明資料はない。

右認定事実からすれば、前記の概ね五年後の国分市外三町の各特掃人口の限度の予測数の具体的根拠は必ずしも明確であるとはいいえないけれども、本件増設施設完成後直ちに、あるいは極く短期間のうちにオーバー投入を常態とするというような事態に立ち至ることはないものと推認される。証人弥勒和義の証言のうちには、被申請人を組織する一市三町の現在の総人口約七〇、〇〇〇人のうち、下場(平野部)の人口が約五五、〇〇〇人、上場(山間部)の人口が約一五、〇〇〇人であり、本件増設施設が完成した場合、下場人口の殆んど全部がし尿の汲取りを要求するものと予測され、現在においても上場人口の三分の一についてし尿の汲取りが行われていることからすれば、本件増設施設が完成しても、日ならずしてオーバー投入を常態とする事態になると予想される旨の証言があるが、前記認定のような鹿児島県下におけるし尿処理施設によるし尿処理人口と総人口の比率の現況、および被申請人を組織する国分市外三町が相当広範な農村地帯を含んでおり、かついずれかといえばいわゆる過疎地帯に属するという公知の事実に照らして考えると、右証言のみでは前記推認を妨げるに足りない。

(五)  〈証拠〉によると、特殊な地形の場合には、風があつても大気が一定の範囲内で循環するだけで、右範囲外の大気と交流し難いという現象が生じ易く、そのために、臭気、有毒ガス等がその発生源においては被害を発生させる程の濃度でなくても、大気の循環によつて蓄積、濃縮される結果となり、被害を発生させるに至る場合があることが一応認められるが、本件施設敷地附近の地形が、大気の循環現象を生じ易いような特殊な地形となつていることをうかがうに足りる疏明資料はない。他方、〈証拠〉によると、本件施設敷地の立地条件のうち附近に存在する人家との距離、戸数の点は、鹿児島県内に現存する他の一五箇所のし尿処理施設の所在場所に比して特に劣つている(近距離に所在する人家の戸数が多い)ということはないこと、また〈証拠〉によると、本件増設工事、およびこれに付帯する本件施設敷地の造園工事費等は昭和四五年一〇月当時において八五、七〇〇、〇〇〇円、そのうち本件増設工事費は七九、四〇〇、〇〇〇円と予定され、これを国庫補助金一七、四〇〇、〇〇〇円、県補助金二五、〇〇〇、〇〇〇円、被申請人の起債二二、〇〇〇、〇〇〇円、その余を国分市ほか三町が負担することによつて支弁することが予定されていたこと、本件増設施設と同様の施設を全く新設する場合には、敷地に関する費用を除いた構築物、機械装置類の工事費のみで約一二〇、〇〇〇、〇〇〇円を要するものと見込まれることが一応認められ、右各認定を妨げるに足りる疏明資料はない。

本件増設施設においては、し尿処理によつて発生する臭気の放出を完全に防止できるということをうかがうに足りる疏明資料がないことは前記のとおりであり、証人島田親平の証言によると、被申請人が本件増設工事を計画するに際して、本件施設敷地以外に施設を新設するに適した土地の有無について考慮、調査したということはなく、当初から本件現存施設の改良、増設ということのみを計画したことが一応認められるが、前記のとおり本件施設敷地がし尿処理場設置場所として特段不適当であることをうかがうに足りる疏明がなく、他方、本件増設施設と同様の施設を新設する場合には、施設の構築物、機械装置類の工事費用のみで本件増設工事よりも約四〇、〇〇〇、〇〇〇円の増加となることがうかがわれるほか、施設敷地の入手、稀釈水の取水、道路の開設等の費用も要することが容易に推測できることに照らして考えると、被申請人が本件増設工事を計画するに際して、他に施設敷地としての適地の有無を考慮、調査しなかつたということは、本件増設工事を差止める理由とはならないというべきである。

(六)  〈証拠〉によると、昭和四五年四月一日、被申請人と同じ国分市外三町によつて地方自治法に基く一部事務組合である国分市外三町ごみ処理組合(以下「ごみ処理組合」という)が組織され、ごみ処理組合が本件施設敷地の隣接地にごみ処理施設の新設を計画し(但し、その処理能力、構造等の具体的内容を除く)、その敷地用地の一部を買受けたことが一応認められる。しかしながら、本件増設工事に対する申請人らの差止請求権の有無と、ごみ処理組合の本件施設敷地隣地におけるごみ処理施設新設に対する申請人ら近隣住民の差止請求権の有無は別個の問題であり、本件増設工事の差止めが認められないからといつて、ごみ処理施設の設置も当然に許容されること(本件増設施設の設置を認めれば、ごみ処理施設が設置されることも必至であるということ)になるわけではなく、ごみ処理施設の設置を差止めることができるか否かは、ごみ処理施設によるごみ処理によつて近隣住民に受忍限度を超える被害を及ぼすおそれがあるか否かによつて判断されるべきことであることはいうまでもない(但し、すでにし尿処理施設である本件現存施設が存在し、さらに本件増設工事が行われた場合においては、ごみ処理施設自体から放出されるばい塵、臭気、有毒ガス等のみでなく、右し尿処理施設から放出される臭気等との競合による被害が受忍限度を超えるものとなるか否かが判断されるべきことは勿論である)。したがつて、ごみ処理組合がごみ処理場の新設を計画しているということは、申請人らの本件増設工事差止請求権の存否を左右するものではない。

右(一)ないし(六)のとおりであるから、本件増設工事が行われて、本件増設施設によるし尿処理が行われるようになつた場合には、申請人ら施設近隣の住民に対してその受忍限度を超える被害を及ぼす蓋然性があるという疏明はないことに帰するので、申請人らの本件請求を、申請人らの土地所有権、人格権に基く妨害予防請求、あるいは不法行為の予防請求のいずれであると解するにせよ、その理由がないものといわなければならない。

五、申請人らの環境権の侵害を理由とする請求について

憲法第二五条一項、第一三条第一項の規定からただちに申請人らが主張するような内容の環境権なる権利を各個人が有するということには、各個人の権利の対象となる環境の範囲(環境を構成する内容の範囲、およびその地域的範囲)、共有者となる者の範囲のいずれもが明確でないという点を考えるとたやすく同調し難い。したがつて、本件増設施設によるし尿処理が申請人らの環境権を侵害することを理由として、本件増設工事の差止めを求めるという申請人らの主張は採用できない。

結論

以上のとおりで、申請人らの本件申請は理由がないものといわなければならないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(寺井忠 松本光雄 富塚圭介)

〈別紙〉 物件目録(一)〜(五)、略図〈省略〉

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